ユーザー視点の重要性が叫ばれる昨今。製造業においても現在は、「顧客プロセスを起点とした価値提供の仕組み作り」が求められています。製造業にとってのユーザー視点と、その重要性や活用法について解説します。
目次
今、ユーザー視点が求められる理由
例えば一昔前まで、よい車を所有することはステータスとも言われていました。しかし現在は、車を共有するという「カーシェアリング」が人気となっています。この理由は、ユーザーが“車を買う・持つ”という所有欲ではなく、“車を使う”という体験に価値を見出しているから、と推察されます。
このような「モノからコトへ」というパラダイムシフトは、2010年頃にはすでにはじまっていました。 そしてそれは、ハードウェア志向の強い日本のものづくりに大きな課題を生み出しました。
顧客プロセスを起点とした価値提供の仕組み作り
日本のものづくりに根底には、高い技術力があります。高度成長期の頃には、それが大きな強みとなり、企業や国の発展に大きく寄与しました。
一方で、職人気質な体制は作り手の想いが先行する結果を生み、機能過剰やものづくりの目的化という事態を引き起こします。技術起点(プロダクトアウト)での製品開発・供給は、その製品に対してマッチするニーズを持つ顧客がいて、更にその顧客に届き、利用して貰うことで初めて価値が産まれます。その様な顧客がいない、もしくは想定していた顧客のニーズに合わないものを開発・提供してしまうこともあり、その際の開発、生産、販売にかかった多くのコストが損失となってしまいます。
その様な状況に陥った場合、何故売れなかったのかを分析し、早急に手を打たなければなりません。その分析はいわゆるマーケティング分析であり、本来、商品開発の初期にそれを行っていれば無駄な損失は防げた可能性が高い。その反省によって、多くの製造業企業で顧客ニーズ起点によるものづくり(マーケット印)の重要性が高まりました。そこで製造業のなかでは「開発プロセスにおける上流の企画こそが重要だ」という共通認識が定着します。
しかし実際には、マーケットインが真の顧客ニーズを充足するかというと、必ずしもそうではありませんでした。ひとつは、未だ世に無い商品に対するニーズは顧客自身が認識していない場合あり、そのニーズを具現化することの難しさがあります。いわゆる「潜在ニーズを掘り起こす」ことの難しさです。
そもそも潜在的ニーズとは、顧客自身に自覚がないからこそ“潜在的”なのです。そのため、製品に詳しい製造業者側が潜在的ニーズを推測し、最適な提案を行う(提案型の営業)必要に迫られました。
しかし、「潜在ニーズの掘り起こし」に如何に長けていったとしても、それだけではまだ十分ではありません。VUCAとも言われる変化の激しい不確実性の高い現代では、顧客ニーズは次々に移り変わります。そのため、提案型の営業を獲得できたとしても完結には至りません。製品購入に満足した後は、製品の利用体験を通して更なる顧客ニーズが生まれるのです。つまり……
1. 顧客が最初のニーズを認識する
2. ニーズを満たすための商品を探し、比べ、購入する
3. 商品の利用方法を学び、利用する
4. 商品利用に必要な保守品、消耗品を購入する
5. 商品利用を通して新たなニーズが産まれ、商品改造やソフトをアップデートする
6. 商品がその使命を全うする、もしくは寿命を迎えるなどの理由により廃棄する
上記を顧客プロセスと定義した際に、この顧客プロセスすべてで、企業は顧客体験を通したニーズへ対応する機会があります。この顧客生涯価値(Customer Life Time Value)を最大化することこそが、現代のものづくりには求められているのです。今までの製造業は、商品を販売した際の収益が大きいため、販売による収益最大化にばかり投資をしてきました。しかし、商品を購入するのは顧客プロセスの一つの接点でしかありません。
今後は、顧客プロセス全体を通して、顧客との関係性を強固なものにすることが重要となります。その実現に向けた取り組みとして、顧客プロセス起点による製造業のバリューチェーン再構築および、全プロセスにおけるモノ・コトの価値提供を効率的に行える仕組み作りが近年、注目を集めています。
素晴らしい顧客体験(CX)が顧客ニーズを充足させる
顧客プロセスを起点とした価値提供の仕組み作りを行う上で、はじめに行うべきは「提供する顧客価値定義付け」です。
これからの時代は顧客がモノや情報、サービスなどを通じて「体験する価値」——つまり顧客体験(CX)こそが価値になります。ただし、すべての顧客に同一の顧客体験(CX)を提供したとしても、そこに高い価値が生まれません。個々の顧客に対し、それぞれ最適な顧客体験(CX)を提供することが、真の価値を生みます。
そのためには、顧客との接点において属性の違い、要求の違い、体験に対する反応の違いを理解し、提供する価値をカスタマイズする必要があります。そこでキーワードが「マスカスタマイゼーション」です。
これは、大量生産と受注生産、2つの生産方式を掛け合わせた生産概念です。大量生産のメリットであるコスト削減やリードタイム短縮を実現しながらも、顧客のニーズに合わせた仕様変更が可能。また、カスタマイズされた製品であるということが、そのまま付加価値にもなります。顧客プロセスを起点とした価値提供の仕組み作りにおいて、今後このマスカスタマイゼーションは大きなポイントになるでしょう。
ユーザー視点を取り入れるための方法
顧客視点に沿った製品開発や、顧客プロセス起点のバリューチェーン再構築、そして顧客体験(CX)全体の設計をするには、さまざまな手法があります。たとえば、近年注目されているのが「デザイン思考」です。
定義としては「デザインに必要となる思考方法・手法を利用し、ビジネス上の問題解決を実現する考え方」となります。これは制作者が思う「良い製品」ではなく、多用なユーザーが持つニーズについて考慮した上でコンセプト設計を行い、それに伴う製品・サービスを生み出すための方法です。
「デザイン思考」には色々な進め方や手法が存在しますが、一番有名なものはスタンフォード大学のハッソ・プラットナー・デザイン研究所 (通称d.school)の提唱するデザイン思考のモデルです。スタンフォード大学のd.schoolでは、デザイン思考を以下の5つのステップから成るモデルとして考えると提唱しました。
1. 共感 (Empathize)
2. 定義 (Define)
3. 概念化 (Ideate)
4. 試作 (Prototype)
5. テスト (Test)
上記のステップで分かる様に、デザイン思考とはまずユーザーとなる人を徹底的に理解し「共感」することから始まります。デザイン思考は「人間中心のデザイン」とも言われ、「共感」のステップが非常に重要となります。
顧客である人がどんな行動をするのか、それは何故か。その人の価値観や世界観、その人にとって大切なもの・ことは何かなどを、その人を観察したり、実際に関わったりすることにより理解し「共感」するレベルに引き上げていきます。そして、この「共感」により本人も気づいていない驚くべき事実や、外からは分からない潜在的な心の動きを捉えるのです。これを「インサイト」と呼ぶそうです。
「共感」では実際にその人と接点を持ち、関係性を深めていくことが重要です。そして時間をかけて構築した関係性の中からこそ見える「インサイト」こそが、顧客の真の「潜在ニーズ」理解の重要なカギとなり、意味あるイノベーションに導く指針となるのです。
つまり「共感」とは顧客である人たちを理解し尊重するための努力です。その努力無くして顧客である人々から理解し尊重して貰える関係性を構築することはできません。また、この「共感」で得たインサイトがその後のプロセスにおいて、「ユーザーのニーズや視点を取り入れる」ことに大きく寄与してくれます。
なお、“デザイン”という名称のせいで意匠に関するイメージが強いのですが、実際には製品企画から販売影響に至るまで、幅広いプロセスに関連するのがデザイン思考の特徴でもあります。
顧客接点最適化の仕組み作り
顧客プロセス起点による製造業のバリューチェーン再構築および、全プロセスにおけるモノ・コトの価値提供を効率的に行える仕組み作りを行うためには、以下の部分をすべて見渡す必要があります。
・開発設計領域(デザインチェーン(注))
・マーケティング・営業領域(デマンドチェーン)
・ 生産供給領域(サプライチェーン)
・アフターサービス領域(サービスチェーン)
(注)デザインチェーンは一般的にエンジニアリングチェーンと呼ばれることが多いですが、弊社ではこの領域の役割として「エンジニアリング(工学)」より「デザイン(設計)」を担うことが重要との考えから意図的にデザインチェーンと呼んでおります。
また、これらはそれぞれが単体で機能するのではなく、相互に密接していなくてはなりません。
たとえばデマンドチェーンのマーケティング機能には、「市場と商品の企画」が含まれています。ここで企画された商品はエンジニアリングチェーンで具現化されますが、販売のタイミングでデマンドチェーンの営業機能が用いられます。また、商品供給となるサプライチェーンによって出荷されることにもなります。
このように、顧客プロセス(顧客接点)部分の最適化も、顧客プロセスを起点とした価値提供の仕組み作りには欠かせません。むしろ、この部分を改革しなくては、その後の発展は見込めないとも言えるでしょう。
YDCの共動創発による改革支援
共動創発は、顧客プロセス改革を目的とした企業改革を支援するプロフェッショナル組織です。
・ ビジネス視点での効果創出に寄与する設計開発領域の改革施策を保有
・ 導入方法論だけでなく、運用定着以降の効果創出を実践し、定型化
・ 製造業を経験しているメンバーが多く、技術者とも協議し推進
上記の強みを生かしながら、お客様のものづくりにDisruption(創造的破壊)を起こします。今回ご紹介している顧客プロセスを起点とした価値提供の仕組み作りについても、もちろんサポートが可能。ぜひ一度ご相談ください。
まとめ
「モノからコトへ」というパラダイムシフトへの対応に苦しむ日本の製造業。従来のものづくりだけでは、顧客から選ばれる製品は作れません。顧客プロセスを起点とした価値提供の仕組み作りは、そんな状況を打破する一手となり得るでしょう。
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